絵本『さびしがりやのクニット』感動的な誕生秘話
トーベ・ヤンソンの代表作の一つである、絵本『さびしがりやのクニット』(邦訳は渡部翠/訳 講談社刊 原題は『誰がクニットをなぐさめる?』)は、ある小さな読者からの手紙によってインスピレーションを得て、生まれたことをご存知ですか? その感動的な誕生秘話をご紹介しましょう。トーベは、目に見えない、小さな怖がりの生きもののために作品を書いていると語っています。このことは、トーベが最も愛した作品の一つである、この『さびしがりやのクニット』に、特に顕著に表れています。この絵本は、ある小さな子どもの読者がトーベに宛てた、「いつも居場所のない、みじめな小さな子どもの一人より」という手紙から着想を得ているのです。
様々な感情が交差する風景の旅
ソート・オブ・ブックス社のナタニア・ヤンツ氏は次のように語っています。「トーベ・ヤンソンは、子どもたちがまだ自分ではうまく表現できない感情を、はっきりと肯定するような書き方をしています。子どもは、孤独とはどういうことなのかを知らないかもしれません。でも、この絵本を読んで、彼らはそれを理解したり、自分が孤独を感じていたり、恐れていたりすることを知るのです。つまり、子どもたちがこうした感情を理解することの助けになるのです。 そして素晴らしいのは、トーベは、こうした感情を克服する方法も見せてくれることです。だから、ただ “感情を描いて、子どもたちをその中に置きざりにする”のではなくて、彼らを旅へと連れ出し、解決への道を示しているのです」
トーベは、絵本『さびしがりやのクニット』のラストで、どのようにこの方法を提示したのでしょうか? 『さびしがりやのクニット』の主人公のクニットは、最初は内気で怖がりな小さな生きものですが、自分の恐怖に勝ち、恐ろしいモランからスクルットを助けたのでした。
クニットはスクルットに手を差し伸べ、自分の気持ちを伝えようとします。クニットは手紙を書くことを決意して書き始めます。でも、自分の気持ちをどうやって表現したらいいのかわからないのです。トーベ・ヤンソンの姪のソフィア・ヤンソンがナレーションを担当したこのシーンのアニメーションは、以下で見ることができますよ。
クニットは、書こうとしました。
ずっとひとりでさびしかったこと、家のこと、ヘムレンさんのこと、
すべすべした巻き貝のこと、
でも、モランが海を渡っていった夜、クニットは何も言葉が出てきませんでした。
クニットはとっても恥ずかしがりやで、伝えたいことが書けなかったのです。
かわいそうなクニットは呆然としてしまいました。
誰がクニットをなぐさめてあげられるでしょう?
誰かクニットに手を貸してあげてください、
そしてスクルットがわかるように、手紙を書くのを手伝ってあげてください。
(何か書ける紙を見つけてね。切手はいりません。スクルットがすぐ分かるような、バラの茂みに置いておいてくださいね。)
『さびしがりやのクニット』より(※英語版より訳出)
『さびしがりやのクニット』誕生秘話
トーベは、何百通ものクニットをなぐさめる手紙を受け取りました。スクルットに手紙を書くように読者に頼むことで、トーベ・ヤンソンは自分のレターボックスを大きく開くことになったのだと、ボエル・ウェスティン氏は評伝『トーベ・ヤンソン 人生、芸術、言葉』(邦訳は畑中麻紀・森下圭子/訳 フィルムアート社)で書いています。
「何百人もの子どもたちがクニットとスクルットをなぐさめる手紙を書きましたが、切手が貼ってあってもなくても、たいていはバラの茂みにではなく、トーベの郵便受けに届きました。”スクルットへ。ムーミン谷、たぶんフィンランドのヘルシンキの近くです”という宛名は、まさにトーベの住所のひとつとなったのでした。ある手紙の書き手は、この絵本通りに手紙を瓶に入れ、もし水で濡れてしまっていたら、アイロンをかけてもらうように “ママ”に頼んでね、と書き送ってきたのでした」『トーベ・ヤンソン 人生、芸術、言葉』より(※英語版より訳出)
本のモチーフとなった実在のクニットの裏話
『さびしがりやのクニット』という本は、実はある子どもからの手紙がきっかけだったとトーベは語っています。ウェスティン氏は、トーベが制作背景を書き留めた創作ノートを引用しています。
「実は、この物語は子どもからの手紙をきっかけに生まれたのです。その手紙には “クニット”という署名がありました。“あなたはぼくのことを知らないでしょうね”と彼は書いていました。“ぼくはいつもはみ出されていて、みじめで小さい子どもの一人です。誰もぼくには気づかないし、誘ってもらえないし、話しても見向きもされない。なにもかもが、怖いんだ”。トーベは続けて書いています。クニットに自信を持たせる一番簡単な方法は、自分よりももっと怖がりなスクルットを見つけてあげることだと思うのです。だから私は、クニットにスクルットを探してもらい、彼女を助け出させたのです」『トーベ・ヤンソン 人生、芸術、言葉』より(※英語版より訳出)
ウェスティン氏は評伝の中で、トーベに手紙を書いた「クニット」の一人について触れています。彼はカール・スンデンという16歳のスウェーデン人の少年でした。ウェスティン氏によれば、彼の手紙には、ムーミン谷への憧れと、勇気を出すことが彼にとってはどんなに難しいかが綴られていました。
トーベは後に、カールに「あなたがクニットのアイデアをくれたのよ」と書きました。でも、トーベに手紙を書いた人の中には、他にもたくさんの「クニット」がいたのです。
すべての手紙に返事を出したいと望んだトーベ
トーベは、受け取った手紙、特に子どもたちからの手紙には、すべてに返事をすることに誇りを持っていました。ウェスティン氏によると、トーベは、弟のペル・ウーロフがフランス大統領に手紙を書き、外国人部隊を廃止してくれるようにと頼んだ話をするのが好きだったのだそうです。でも大統領は返事をしなかったので、母親のシグネが大統領の代わりに返事をし、大統領はこの問題をよく考えているからね、と言ったのでした。
トーベから直接手紙をもらわなかった人にとっては、このクニットの物語は、恥ずかしがりやな生きものへの愛の手紙のようにも読むこともできるでしょう。そして、その内気な生きものは、よく書かれた手紙と、きちんとケアしてくれる相手がいれば、花を咲かせることができるのです。
『さびしがりやのクニット』についてもっと知りたい方は、この短いドキュメンタリーを見てくださいね。
翻訳/内山さつき