(206)お祝いと仲間たち【フィンランドムーミン便り】
『ムーミン谷の彗星』が書かれた頃に滞在していたオーランド諸島。本島の北にあるイェータには挿絵に似た風景があちこちにある。
フィンランドではじめて誕生会に呼んでもらった時のことを思い出した。会は誕生日を迎える本人が準備から何から何までやるという。90年代の後半、当時の20代はとにかくお酒を飲んだ。誕生会でもそれは同じで、呼ばれた人たちはパートナーやいつも一緒にいる子とやってきて、知らない人と関わるわけでもなく、お酒がなくなったら帰る、私の目にはそんな風に映った。私は勝手に少し悲しくなっていた。そして友人と一緒に後片付けをした。自分の好きな人だけを呼べて一緒に時間を過ごせることや、皿を洗いながら集まってくれた人を思い出すのはいいものだと彼女が語るのを聞いて、少しほっとしたところまでを思い出す。トーベ・ヤンソンの75歳の誕生会は友だちがみんなで用意してくれたサプライズだったというのは、彼女がいかに愛されていたのかを垣間見るようでもある。
ここのところ友人の誕生会が続いた。0のつく区切りの誕生会はとくに盛大で、彼女のこれまでを振り返るように、人生のさまざまな場面や節目で出会った人々や親族が集まった。よく知る人もいれば、はじめての人もいる。ぱっと目があって話したはじめての人の中に、私が3年前、オーランド諸島で偶然知ったトーベ・ヤンソンが当時の恋人と遊びに行ったサマーハウスの今の住人がいた。現在は作家であり舞台の演出家でもある彼女は、さらにヴィヴィカ・バンドラーの秘書もしていたという。トーベとヴィヴィカが恋人関係を解消して半世紀近くになろうという晩年も、電話を掛け合う仲であったことを話してくれた。聞こえてくる声や話からも二人が最後まで仲の良い友人だったことがわかったという。友人の誕生会に何を話しているのか、ではあるけれど、この友人の誕生会だから、こういう人との出会い方をするような気もした。
久しぶりに誕生会をやってみようと思った友人は、数人の仲間たちと57歳を祝うことにした。幼馴染を含めて年齢は近いながらも職業の違う仲間を集める。それでもどこかそれぞれに共通点があって、話は尽きない。あっという間に最終バスを逃しそうな時間になっていた。森だ森だと言っていた私がいつの間にか群島だ島だというようになってと私が話すと、好きな場所はあるのかと聞かれた。群島ペッリンゲと答えた瞬間にぱあっと顔が明るくなったと思ったら、その人は夏はずっとペッリンゲの小さな島で過ごしているのだと教えてくれた。彼女が夏に暮らす島は、私が好きな橋の風景の先にあった。そして個人的な思い入れだけでなく、トーベ・ヤンソンの見てきたものや視線の先にあったものに触れたい思いが強い今、群島ペッリンゲの暮らしと人々は、これまで以上に私の大切な時間になっている。また群島のエピソードを聞く機会が増えたと思うと、もう次の夏が楽しみでならない。
フィンランドにやってきて30年の年月が過ぎた。これまで伝えられてこなかったトーベの思い出やトーベとのエピソードに触れられそうな場面が、今もなお、ひょんな形で舞い込んできたり近づいてくる。でも無理に探し出そうとしないこと、と思う。そしてこれからも、トーベのインスピレーションになっていた風景や環境を体感していけたらいいなと思う。ムーミンが生まれた文化的背景や環境に興味があってという30年前の気持ちは今も抱き続けている。
トーベの夏に欠かせなかった群島ペッリンゲの風景
森下圭子
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