ムーミン谷に響く歌――ムーミン小説8作品の歌詞から【本国サイトのブログから】

音楽は、感情を表現する効果的な手段です ――ムーミン谷でも例外ではありません。スナフキンがハーモニカを吹くことはよく知られていますが、ムーミン一家の暮らしでは、音楽はどのような役割を果たしているのでしょう? そして、ムーミン谷で一番意外な歌い手とは一体誰なのでしょうか?

ムーミンの物語には音楽がよく描かれます。ムーミン谷の住人たちの多くは歌ったり、踊ったり、楽器を奏でたりするのが好きなのです。彼らが歌ったり奏でたりする曲は、一番幸せな瞬間に歌われる、喜びに満ちた歌もあれば、困難に立ち向かうためのメランコリックな歌もあります。

この記事では、8冊のムーミン小説に登場する歌をご紹介しましょう。小説に出てくる歌に加えて、トーベ・ヤンソンは、劇場作品、オペラ、テレビ番組などのためにもムーミンの詩を書いています。そしてムーミンの歌を集めた歌集『ムーミン谷の歌』(1993年)のためにも、ひとつ新しく書き下ろしています。

「歌というのは、なかなか気むずかしいものなんです。とりわけ、それがたのしくて、同時にかなしいものでなくてはならないときには、ね」

「春のしらべ」『ムーミン谷の仲間たち』所収 山室静/訳 講談社より

即興の名手トゥーティッキ

トゥーティッキはとても音楽好きで、よく自作の歌を歌っています。その中のひとつは自分のことを歌った歌で、彼女は「あたたかい風をかいでみよう」と歌っています。

わたしはトゥーティッキ
ぼうしを裏返したら
わたしはトゥーティッキ
あたたかい風をかいでみよう
さあ 春の嵐が やってくる
さあ なだれだって とどろくよ
今や 地球は ぐるっと回って
なにもかもが 変わるのよ
ウールのズボンは ぬぎすてて
クローゼットに ほうりこめ
『ムーミン谷の冬』山室静/訳 講談社より

トゥーティッキは思慮深く、彼女自身が言うように「だれにもわからないこと」についての歌を歌います。

わたしはトゥーティッキ
うまはわたしがこしらえたのよ
なんて白くて強いうま
夜を切り裂き 氷を走る
なんておごそかな白いうま
背中に乗るのは氷姫さま 

それからまた、なぞめいた歌のくり返しになります。
『ムーミン谷の冬』山室静/訳 講談社より

さあ おいで だんまりさんに
ひとりぼっちに さまよい人に
あらくれものも おとなしいやつも
――たいこをたたけ ドンドコドンドコ
はじけるかがり火
まっ白 まっ黒
しっぽをふりふり おどれやおどれ
――たいこをたたけ ドンドコドンドコ
まっ暗闇夜に おどれやおどれ
冬の大かがり火をたくトゥーティッキの歌 『ムーミン谷の冬』山室静/訳 講談社より

 

トゥーティッキはまた、死んでしまった小さなリスを偲ぶ歌も歌います。

子りすがいました
とてもちっちゃいりすでした
あんまりりこうじゃないけれど
毛はふわふわで あたたかでした
今はすっかりつめたくなって
ちっちゃな手足もこっちこち
それでもやっぱり 世界一
立派なしっぽのりすでした
『ムーミン谷の冬』山室静/訳 講談社より

 

意外な歌い手――モラン

モランはほとんど話しません。どうしても必要なときは、ひと言だけ答えます。でも、うなったり、泣いたり、そう――歌ったりして、自分自身を表現するのです。

毎晩ムーミントロールは、カンテラを砂浜に置いて、モランがあかりを思うぞんぶん見つめている間、あくびをしながら立っていました。
モランがカンテラを見るのには、決まった手順がありました。しばらくじっとランプを見つめていてから、歌いだします。あるいは、歌のような音をたてるといいましょうか。ハミングと口笛をいっしょにしたようなかぼそい音でしたが、どこまでもしみ通ってくるのでした。頭の中にも、目の奥にも、おなかの中までも、入りこむような感じなんです。
そして歌といっしょに、体を前へ後ろへゆっくりと重そうにゆすぶりながら、コウモリのかさかさした、しわくちゃのつばさみたいに、スカートをぱたぱたやるのでした。モランはおどっていたのです!
『ムーミンパパ 海へいく』小野寺百合子/訳 講談社より

モランは、はじめはやさしく歌いだしたのですが、だんだんとそのさびしい歌の声に力がこもってきました。歌はもうかなしいだけでなく、やけっぱちにもなっていました。

わたしのほかにモランはいない
わたしだけがモランなの
わたしは世界でいちばんつめたく
けっしてあたたかくはならないの
『ムーミンパパ 海へいく』小野寺百合子/訳 講談社より

 

「ムーミントロールはありったけの声で歌いました」

ムーミントロールはさまざまな状況をよくポジティブに捉えていますが、そんなムーミントロールを怒らせるものもあります――冬のように。ムーミントロールの「たたかいの歌」は、夏への憧憬を歌ったものです。

やい こそこそかくれている でくのぼう
やい お日さまをぬすみ 凍った灰色の谷にしたやつら
ぼくはまったくひとりぼっちで
骨のしんまでうんざりなんだ
木立の緑や青いベランダ 波打つ海が恋しいな
この心までずたずただ
こわいくらいにまっ白な 雪の世界にうんざりだ!

「ぼくのお日さまが出てくるまで待ってろ。おまえたちなんてみんな、とんだまぬけに見えるからな!」
ムーミントロールはさけんで、もう、ことば合わせなんてかまわず、ありったけの声で歌いました。

そのときはぼく ひまわりの花を家にして
あたたかい砂に 腹ばいになろう
花さく庭や ブンブンいうハチ 青い空
オレンジ色のぼくのお日さま
窓開けはなって ずっとずっと見ていよう

ムーミントロールのたたかいの歌、『ムーミン谷の冬』山室静/訳 講談社より

ムーミントロールを幸せな気持ちにしてくれるのは、家族と友だちです。『ムーミン谷の冬』の中で、ムーミントロールは親友のスナフキンからもらった手紙に勇気づけられて歌います。

「やあ」
と、(ムーミントロールは)つぶやきました。
「よく眠って、元気をなくさないこと。あたたかい春になったら、その最初の日に――」
声が少し高くなりました。それからありったけの声で、歌うようにさけびました。
「ぼくはまたやってくるよ! そうだ、スナフキンがまたくるんだ。春が来て、あたたかくなって、そしたらぼくらは、ここでいっしょに遊ぶんだ。毎日毎日あちこち行って……」
『ムーミン谷の冬』山室静/訳 講談社より

 

歌を通して愛と喜びを表現すること

ムーミン一家の心の支えであるムーミンママは、ムーミン谷のすべての小さな生きものたちにとって、愛情深い母親です。眠れないでいると、ムーミンママは子守唄でなだめ、みんなが眠りにつくまで歌ってくれるのです。

おやすみ いとしい子どもたち
空は暗闇 さまよう彗星
だれも知らないその行方
ゆるり眠りて 夢を見よう
さめては 夢をわすれよう
夜はすぐそこにある 空のかなたはこごえてる
百もの子ヒツジ さまよう牧場 
ムーミンママの子守歌『ムーミン谷の彗星』下村隆一/訳 講談社より

フィリフヨンカたちは、たいていとても堅苦しくて真面目な性格です。でも、『ムーミン谷の夏まつり』に登場するフィリフヨンカは羽目を外して、夏至の夜にたき火(かがり火)のまわりで踊ったことがあるんですよ。

フィリフヨンカは歌いました。細い足で、たき火のぐるりをおどり回り、小枝で、火をかき立てて回りながら。

おじさんなんか、もういらない!
おばさんなんか、もういらない!
ビビデバビデブー!
『ムーミンの谷の夏まつり』下村隆一/訳 講談社より

(フィリフヨンカは掃除や嵐にも大奮闘しますが、それはまた別のお話です)

 

歩くジュークボックス――リトルミイ(ちびのミイ)

リトルミイ(ちびのミイ)はまるで歩くジュークボックスのように、どんな瞬間でも歌にすることができるんです

「みんな、帰ってきたんだ。うちへ、うちへ、うちへ!」
と、ちびのミイが、ミムラねえさんのひざの上で歌いました。
『ムーミンの谷の夏まつり』下村隆一/訳 講談社より

ちびのミイは階段に腰かけて、単調な雨の歌を歌っていました。
『ムーミンパパ 海へいく』小野寺百合子/訳 講談社より

『ムーミン谷の夏まつり』では、リトルミイ(ちびのミイ)は「すべてちっちゃな生きものは、しっぽにリボンをむすんでる」という歌を「だいたい、その通り」に歌っています。この歌は、ムーミントロールとスナフキンがかつて歌った歌なのです。この歌は『ムーミン谷の彗星』にも登場し、森の野外ダンス場で、スナフキンがバッタに教えた曲でもあります。また、『たのしいムーミン一家』にも登場します。この歌は、スナフキンが一番機嫌のいいときにハーモニカで吹く歌で、ムーミントロールは遠くからでもスナフキンだとわかるのです。この歌は喜びと祝福の歌です。

すべてちっちゃな生きものは
しっぽにリボンをむすんでる
リボンをね そう しっぽにね
ヘムルはみんなかざってる
冠と そう 花輪をね
月が沈めば ホムサがおどる
ミーサも歌おう 泣かないで!
ムムリクの家のまわりには
赤いチューリップがゆーらゆら
朝の光に ゆーらゆら
ゆっくり消えるよ 輝く夜が
ひとりでミムラはぼうしを探す!
『ムーミンの谷の夏まつり』下村隆一/訳 講談社より

 

心に残るスナフキンの歌

スナフキンは才能豊かな音楽家です。アコーディオン、ハーモニカ、フルートを演奏し、自作の歌も作ります(どれも素晴らしい韻を踏んでいます)。スナフキンの歌の中から、2曲の歌詞をご紹介しましょう。

こまった こまった
つめたい夜が来る
気づけば 五時になる
ひとりでふらり さまよって
つかれた足を 引きずって
けれども 家は見つからない
「こまったこまった」の歌『ムーミン谷の彗星』下村隆一/訳 講談社より

夜が行っちゃって
太陽がのぼってった
ニョロニョロは逃げてった
くよくよするなって
昨日は昨日だ
スノークのおじょうちゃんよ
くるくるまき毛が生えるって
ヨーホー!
スナフキンの「朝の歌」『たのしいムーミン一家』山室静/訳 講談社より

 

ムーミンの音楽が本に

スウェーデン語系フィンランド人の俳優で歌手のエンマ・クリンゲンベリは、トーベが書いた歌に焦点を当てた本を出版しました。エンマはトーベのバインダーや書類、引き出しの中などを調査し、音楽に関する資料を集めて研究し、その成果を一冊の本にまとめています。トーベの歌についての本が出版されるのは、これが初めてです。スウェーデン語のこの本『Detta är min målarsång – Tove Jansson och musiken』は、こちらから購入できます。

 

翻訳/内山さつき