(228)小さな町の本屋さん【フィンランドムーミン便り】

客間にさりげなく飾られているトーベ・ヤンソン1948年の作品
もう一年以上前のこと。私は仲間たちと絵本合宿と称してフィンランドの小さな町に滞在していた。その町には100年以上になる木造の本屋さんが今も残っていて、私たちはその2階で寝泊まりした。1階は本屋の他に古本屋とギャラリーとカフェがあり、2階は宿泊施設になったことで、小さな町の古い本屋さんは数年前に息を吹き返したようだった。小さな町の本屋さんになることが子どもの頃からの夢だったからと、大手出版社の社長が定年退職したのち友人と購入し、今のようになったという。
合宿を終えて乗り合わせたタクシーの運転手さんは、実はこの本屋を売った人だった。おしゃべりが大好きな運転手さんと話をするうち、私がフィンランドにやってきたきっかけはムーミンという話にまでなる。「あ!僕の母さん、トーベ・ヤンソンの絵を持ってるよ。もっと早くに知ってたら見せてあげられたのに」と言われ、でもなんとなく、それで話は終わってしまった。
そして合宿時の絵本が完成し、出版記念のお祝いのため町に戻った。町に戻るタクシーは、また同じ運転手さんで、思い切って「あのとき話してくれたトーベ・ヤンソンの絵って見られるかしら?」と訊ねたところ、母さんに聞いておくと言ってくれ、私たちは連絡先を交換した。翌日、出版記念の会場にピンクのジャケットがよく似合う女性がやってきて、「あなたね、トーベの絵を見たいのは?」と話しかけてくれた。90歳を超えているのを忘れるほどお元気なその女性が、かつてその本屋を70年以上に渡って切り盛りしていたピルッコさんだった。
運転手さんは「母さん、どうも付き合ってた男性から絵をもらったらしいよ。ほら、トーベ・ヤンソンと一緒にムーミンやしきとか立体作品を作ってた人」と言われ、それは医師のペンッティ・エイストラ?で、このお付き合いとはどう解釈したらいいのか?などと思っていたのだけれど、ピルッコさんは明るい声で「私ね、トーベ・ヤンソンと同じ彼氏がいたのよ」と続けた。頭が混乱するだけなので、もうこの言葉は解釈とか判断とか真相究明とか考えずに、そのまま聞いておくことにした。
ペンッティ・エイストラ(1931~2022年)がムーミンやしきの模型を作ってトーベを訪ねたことがきっかけで、トーベとパートナーのトゥーティの立体作品作りが始まっている。トーベたちが夏の島でも冬のアトリエでも夢中になっていた立体作品作りのはじまりにペンッティ・エイストラあり、だ。生涯独身だった彼は、今から10年ほど前に、いつものようにバスでこの小さな町にやって来た。夏の住人も多く、ペンッティ・エイストラのサマーハウスもこの地域にあったのだそうだ。本屋が引き合わせてくれたご縁で、昔からよく知る仲で、そんな彼が10年前にやって来たときに大きな荷物を抱えてバスから降りてきたという。それはトーベ・ヤンソンとトゥーリッキ・ピエティラの作品だった。ペンッティは「これをあなたにプレゼントしたくて」と差し出した。自分の財産を整理していたのかもしれない。
この地域は昔から画家が滞在することも多く、また趣味で絵を描いている人もいるからと本屋に画材は欠かせなかったと語ってくれた。別の彼氏の話、自宅の古い家を美しく保存するため専門家に壁紙に至るまで助言を仰いだこと、そんな自宅には少しずつ買い集めた自分の好きな絵画や調度品、かわいい手工芸品それぞれにエピソードがあった。そんな中で自分の居場所を見つけたトーベ・ヤンソンとトゥーリッキ・ピエティラの作品は、作品じしんがまた自分たちの物語を話してくれそうなくらい生き生きとしていた。
トーベ・ヤンソンの絵を、誰かの人生に触れながら、その人の日常の中で見られるのは幸せだなと思った。

トーベのパートナー、トゥーティ(トゥーリッキ・ピエティラ)の作品は寝室に
森下圭子