ちびのミイが言っていないのはどれ?

4月、新しいことが始まる季節。ワクワクする一方で、ちょっぴり落ち着かない、不安な気持ちを感じている方もいらっしゃるのでは?そこで、今回は3月の「スナフキンの楽器といえば何?」に続いてムーミンクイズ
いつも勇敢なちびのミイ(リトルミイ)から元気を分けてもらいましょう。

体は小さいけれど、洞察力があり、本質を突くような言葉をズバッと繰り出すミイ。
次のうち、ミイが言っていないのはどれ?

「あのさ、たたかうってことをおぼえないかぎり、あんたは自分の顔を持てるわけないわ。ほんとよ」

「みんなして いがみあってばかり! なんで仲良くできないのかねえ」

「ふんっ。わたしはもともと自由に生きてるから関係ないわ」

「だって、あたいたち、おおきすぎるんだもん!!」

「そうよ、かなしむなんてできないわね。あたいは、よろこぶか、おこるだけ。あたいがかなしんだとして(略)なにかの役に立つとでもいうの?」

「なぜ逃げ出すのかよく考えてみなさいよ。あなた、本当にその理由に確信がある?」

「間違いないね。でなきゃ、こんな旦那、ほおりだしてる」

簡単!と思った方は、どの作品のどんな場面かまで当てられるか、挑戦してみてくださいね。

ムーミンシリーズには、大人にも響く、深くて哲学的な名言が多く登場すると言われます。ムーミンの名言は雑誌やテレビの特集、Twitter などでも大人気。

印象的な言葉は、ムーミンバレーパークのベンチのプレートにも刻まれています。

でも、一部分だけを取り出しても、本当の意図は伝わりづらいかも?と思うことがあります。

それはトーベ・ヤンソンが描いた絵とグッズの関係にも似ているかもしれません。
ムーミンたちの絵はたくさんのグッズにも使われていて、もちろんどれもかわいいのですが、その絵がどんな場面なのかという背景を知ると、もっともっと魅力が深まるような気がするのです。
そんな気持ちをこめて、『ムーミンマグ物語』という本ではアラビアムーミンマグに使われている絵の背景をご紹介しました。

現在、講談社から刊行中のムーミン谷の名言シリーズも、名言と銘打っていますが、セリフだけでなく、そのキャラクターらしさの伝わる場面を集めた本です。『ちびのミイのことば』からひとつ、引用してみましょう。

ちびのミイは例によって、かってにどこかへ行ってしまいました。
かまわなくてもいいのです。
この子は、家族の中でもいちばんちゃっかりやですから、すべてうまくやっていることでしょう。
『ムーミンパパ海へいく』講談社刊/小野寺百合子訳/畑中麻紀翻訳編集)

これはミイ自身が発した「ことば」ではありませんが、どこにいてもどんな状況でも変わらない、身軽で楽しげなミイの姿が目に浮かんでくるようです。

では、そろそろ答え合わせ。

最初に挙げた7つのフレーズには、ひとつだけ、ミイが言っていない言葉が含まれています。

まず、ミイの言葉から説明していきましょう。

「あのさ、たたかうってことをおぼえないかぎり、あんたは自分の顔を持てるわけないわ。ほんとよ」
(小説「目に見えない子」『ムーミン谷の仲間たち』収録/講談社刊/山室静訳/畑中麻紀翻訳編集)

これは聞き覚えのある方も多いのでは?
このシーンは、ムーミンバレーパークのエンマの劇場で先月まで上演されていた「勇気を知った少女」でも使われていました。姿が見えなくなってしまったニンニに言った、少し強い言葉です。

記憶と少し違う?と思った方、鋭い!
この有名な場面は旧版と新版では少し印象が異なります。

「この人はおこることもできないんだわ」と、ちびのミイはいいました。
それから、ニンニのそばへよっていくと、こわい顔をしていったのです。
「それがあんたのわるいとこよ。たたかうってことをおぼえないうちは、あんたには自分の顔はもてません」
(旧版「目に見えない子」/『ムーミン谷の仲間たち』収録/講談社刊/山室静訳)

「おこることもできやしないんだわ。それがこの子のわるいとこよ」
ちびのミイはそういうと、ニンニのそばに近づいて、こわい顔をしてつづけました。
「あのさ、たたかうってことをおぼえないかぎり、あんたは自分の顔を持てるわけないわ。ほんとよ」
(新版「目に見えない子」/『ムーミン谷の仲間たち』収録/講談社刊/山室静訳/畑中麻紀翻訳編集)

長い間、多くのファンから愛読されてきた作品、ましてや名場面、名言といわれる箇所を修正するのは、勇気のいる作業です。しかし、新版の翻訳編集を手がけた畑中麻紀さんよると、原文ではミイはニンニに向かって直接「わるいとこ」を指摘したわけではないのだそうです。

ミイの性格は作品によって幅があり、小説『ムーミン谷の夏まつり』や、コミックス「家をたてよう」などではイタズラ好きな一面が強く出ています。けれど、ミイはけっして意地悪でも、無意味に誰かを傷つけるタイプでもないのではないでしょうか。

続いて、⑤も小説から。

「そうよ、かなしむなんてできないわね。あたいは、よろこぶか、おこるだけ。あたいがかなしんだとして(略)なにかの役に立つとでもいうの?」
(小説『ムーミン谷の冬』講談社刊/山室静訳/畑中麻紀翻訳編集)

氷姫を見てしまったりすが命を落としたことを知ったムーミントロールは怒り、悲しみます。でも、ミイはけろっと、りすの立派なしっぽでマフが作れないかと言い出し、弔意を示す黒いリボンをつけることも拒否。

リアリストで、自分のことをよくわかっているミイならではの言葉です。

「みんなして いがみあってばかり! なんで仲良くできないのかねえ」
(ムーミン・コミックス第4巻『恋するムーミン』
/筑摩書房刊/冨原眞弓訳)

ムーミントロールがプリマドンナに夢中になってしまったことから、スノークのおじょうさんとの関係がギクシャク(詳しくは「ムーミンが恋したお相手は……!?」をどうぞ)。
ミイとミムラねえさんはおもしろがりながらも、ふたりを仲直りさせようとします。

ミイが登場するコミックスのエピソードはあまり多くはないのですが、小説とはまた一味違う表情や言動が魅力です。

「ふんっ。わたしはもともと自由に生きてるから関係ないわ」
(ムーミンバレーパーク/エンマの劇場ショー「自由でしあわせな生活」

3月16日に2周年を迎えたムーミンバレーパーク。コミックス「預言者あらわる」(第5巻『ムーミン谷のクリスマス』収録)がベースになった新しいショーはもうご覧になりましたか? 新登場のスティンキーも話題を集めていますね。

ムーミン谷に、「自由に生きよ」と説く預言者が現れ、感化されたムーミンパパは家を飛び出し、スニフ、スノークのおじょうさんも新しい生活を始めようとします。
「わたしたちは自由でしあわせよね?」と呟くムーミンママ、「自由って何だろう?」と戸惑うムーミントロール。いつもマイペースなミイは「バカらしい」と取り合いません。

これはまだご存知ない方も多かったかもしれませんね。
原作「預言者あらわる」にはミイは登場しないので、脚本・演出を手掛けた小栗了さんによるオリジナル。でも、いかにもミイが言いそうなセリフですよね!

「だって、あたいたち、おおきすぎるんだもん!!」
(絵本『それからどうなるの?』/講談社刊/渡部翠訳)

絵本の最後のページの言葉です。
「あたいたち」とはミイとミムラねえさん。小さいはずのミイが「おおきすぎる」って、いったいどういうことでしょう!?
本の一部が切り抜いてある仕掛け絵本ならではの言葉、ぜひページをめくって意味を確かめてください。

この絵本はムーミンバレーパークのコケムス3階の立体展示にもなっています。トーベによる朗読を聞きながら、絵本に入り込んだ気分で遊ぶことができますよ。

 

「間違いないね。でなきゃ、こんな旦那、ほおりだしてる」
(新作アニメ『ムーミン谷のなかまたち』第8話「フィリフヨンカさん怪事件」)

フィリフヨンカが姿を消し、家には血痕のような赤いシミが……。現場に居合わせたムーミンママが牢屋に入れられてしまい、ムーミンパパは名探偵気取りで事件の推理に乗りだします。
「ムーミンママは誰よりも忍耐強い」とママの寛容さを褒めたパパに、間髪入れずにミイが言ったセリフ。ちょっと意外ですが、思わず笑ってしまいます。

この場面は『ムーミン谷のなかまたち』シーズン2で見ることができますよ。

さて、いよいよ正解です。

「なぜ逃げ出すのかよく考えてみなさいよ。あなた、本当にその理由に確信がある?」
『メッセージ トーベ・ヤンソン自選短篇集』 フィルムアート社刊/久山葉子訳)

ミイが言っていないのは、これ!
3月26日に初の日本版が出版されたばかりの短編集『メッセージ』から抜き出してみました。

同書は、1971~1991年の間に発表した作品のなかからトーベ自身が選んだ23作に、書き下ろし8作を加えた傑作選。
2001年に世を去ったトーベが、1998年に刊行した遺作にあたります。

ムーミン以降の小説については、これまで筑摩書房から冨原眞弓さんの訳によるトーベ・ヤンソン・コレクションなどが発売されていました。今回の『メッセージ』には初邦訳の作品も含まれ、それ以外の作品も久山葉子さんによる親しみやすい新訳で読むことができます。

引用した言葉が登場するのは「コニコヴァへの手紙」
実在する友人エヴァ・コニコヴァに宛てた手紙で構成した、フィクションともノンフィクションとも取れる作品です。
手紙の日付は1941年。第二次世界大戦のさなか、ユダヤ人のエヴァはアメリカへと旅立ちます。当時のトーベはなぜ「逃げ出す」と書き、その理由を問うたのか。そして、60年近くもたってから、それをそのまま短編という形で発表したのはなぜなのか。
若き日のトーベの思いが伝わってくる、興味深い一篇です。

ところで「ミイの名言」といえば、前から気になっていたことがあります。
ムーミンともミイともまったく関係のないフレーズが、ミイの名言としてネットで拡散されているのです。
どうしてそんな間違いが起きたのかわかりませんが、ひとりのファンとしてずっと心を痛めてきました。

その多くは恋愛や仕事に関わる現代的かつ自己啓発的な言葉で、個人的には、まったくミイらしくないと感じるものばかりです。
困ったとき、ちょっと息苦しいとき、ミイだったらどう言うかな? どんなふうに立ち向かっていくかな? そんな想像を巡らせるのは楽しいもの。

ぜひ、新版ムーミン全集や『ちびのミイのことば』、ムーミン・コミックスで、本物のミイに触れてみてください。
そして、ネットにあふれるミイの名言のどれが本物でどれが偽物かクイズ感覚で当ててみたり、自分なりのミイの名言を考えてみたりするのも一興かもしれません(でもそれをミイの名前で公表しちゃダメですよ!)

ムーミンのお話は当初、子ども向けの童話として書かれました。ですから、ミイの言葉はシンプルな本質を突くことはあっても、大人ならではの悩みや恋愛などについては語っていないことが多いといえます。
コミックスでは、ミムラが恋多き女性として描かれているなど、恋愛話もたびたび登場しますが、新聞連載ゆえにあくまでも軽く明るいトーンで、シリアスなものではありません。

もっと大人向けの作品が読みたい!と思われた方には、『メッセージ』をはじめとするムーミン以外の小説をオススメ! 今回、ミイが言いそうなフレーズをピックアップしてみましたが、なんとなくムーミンシリーズのキャラクターを彷彿とさせるような人物が出てきたり、トーベとトゥーティをモデルにした作品があったり、ムーミンファンなら絶対に楽しめるはず。ドキッとするような警句、描写が随所に光っていますよ。

萩原まみ(文と写真)