(199)ムーミン谷の冬と首都の冬【フィンランドムーミン便り】
フィンランド土産として人気のカップは環境にも優しい(素材は針葉樹繊維)
この冬はまつ毛や髪が凍るような寒い日が続いたと思えば、一晩で20℃くらい気温が上昇する。-20℃くらいからは思い切り息を吸うと、突然の冷たい空気にゴホゴホと咳き込んでしまったりする。気温が上昇すれば呼吸は大変でないものの、今度は歩くのが大変だ。雨や雪解けで氷の上に水の層ができ、スケートリンクよりもつるつるのところを歩いているような感じになる。
ムーミンで氷といって思い出すのは小説『ムーミン谷の冬』に登場する氷姫。氷姫に見つめられ、その目を見返してしまった小さなリスに起きたことが、ムーミンに出てくる唯一の死だと評論家や研究者たちがしばしば言及する。ただしこの死にはトーベ・ヤンソンが「かなしくて泣きそうになったら、大急ぎで見て」と先の章を見るように註を添えていて、物語の先には、死んだと思っていたリスが息を吹き返した?と思われる描写が用意されている。
実は日本語版では、この註の部分が抜けている時期があった。
首都ヘルシンキの冬は、かもめがいなくなり、海が凍ると白鳥たちもいなくなる。そんな中でもリスはいて、雀や小さな鳥たち同様に、誰かがくれるエサを頼りに冬にその姿を見せてくれる。灰色の冬毛で、夏よりも少し丸々としていて、忙しそうに動いている。
先日、近所の犬が家を飛び出したという情報がSNSで拡散された。人に慣れていないため、声をかけても逃げてしまうという。体毛の少ない小さな犬で、はじめは個々人で散歩途中に注意して見ていたくらいの私たちも、広い範囲をまんべんなく探せるように声をかけあって捜索した。実際に探していた人は数百人いたのではと言われている。それくらい大勢が急いだのは、それがちょうど-10℃を下回る時期だったからだ。室内の暖かいところで過ごしている犬たちは、極寒になると気温に合わせてコートやセーターを着たり靴下を履いたりする。5日目、行方不明になっていた犬は、森の雪の上で外傷もなく息絶えていたと新聞が報じた。新聞が報じるほど、多くの人たちが動いた出来事だった。犬は凍死だろうという。
人は小さな生き物たちのために、餌をやりに行ったり、庭や公園の木々に餌を用意しておく。街は-30℃でも機能しているし、雪が降れば真夜中でも除雪車が動き回っている。首都の街なかで集合住宅に暮らしていると雪かきもしてもらえ、セントラルヒーティングで室内は半袖で暮らせるほど快適だ。でも、野生は違う。
外の世界の厳しさを、ここに暮らしていると体感として分かっている。死という言葉を知らなくても、何かが動かなくなり息をしなくなる、厳しい寒さの先に予想できることを感覚として分かっていたら、ちいさなリスに起きたことに泣きそうになるというのは想像に易しい。そういえば、ムーミンのアニメを見て「怖い」という言葉を覚えた子どもの話をしてくれた人がいた。
子ども時代の私にはリスの死というのはどこか観念的なところがあって、その寒さのことも、リスの命ということも、身近ではなかった。もし私がヘルシンキで生まれ育っていたら、私はリスの場面に怖さとか、ざわざわとした気持ちを抱えてしまったかもしれない。もしフィンランドで生まれ育っていたなら...。もしあの時代に生きていたらのように、私は時々そんな想像をしている。
セウラサーリの森には毎日きまった時間に餌をくれる人たちがいる
森下圭子
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