トーベ・ヤンソンが描いたハミナの壁画が初公開! 絵に隠されたムーミンを見つけてみよう!
1952年、トーベ・ヤンソンはフィンランド南部の町ハミナのために2つの大きな壁画を描きました。この夏、この2つの壁画が展覧会で初めて一般公開されます。この「トーベ・ヤンソンと海」展では、海をテーマにしたトーベの作品も多数展示されますよ。この記事では、トーベが全長5.5メートルの作品をバスでハミナに運んだエピソードや、作品に隠されたムーミンなどについて解説します。
トーベ・ヤンソンは1952年に、ハミナの町から依頼を受け、町の300周年事業として、2枚の記念壁画を完成させました。トーベに与えられたテーマは、ハミナの歴史、特に1821年から1903年の間にハミナのフィンランド士官学校で軍事教育を受けていた士官候補生たちの歴史でした。
壁画の一つは海岸の風景を舞台に要塞都市の歴史を描いていて、もう一つはよりファンタジックな水の中の出来事を描写しています。雷嵐や波間をゆく船、人魚や幻想的な海の生きものなど、トーベが好んだ題材をふんだんに取り入れた作品です。
今年はトーベがこの作品を完成させてから70年。ハミナでは、これを記念して「トーベ・ヤンソンと海」という展覧会を開催し、2つの壁画を多くの人に見てもらうために初めて公開しました。
大きな壁画を運ぶ細心の作業
これまで壁画は、ハミナの「ホテル・セウラフオネ」に保管されていました。この依頼されたもともとの場所は、一般の人は立ち入ることができません。
壁画はこれまで展覧会に出展されたことはありませんでした。幅5.5メートルの壁画は、ハミナの町を約150メートルにわたって慎重に運ばれました。
テレビ局の報道陣が見守る中、6人がかりで歩いて作品は移されました。その様子は、フィンランド国営放送YLEのこちらのビデオで見ることができますよ。
路線バスで作品を運んだトーベ
70年前、壁画をこの海沿いの町に搬入するとき、トーベは自ら作品を運んでいます。彼女は楽に移動ができるようにキャンバスを丸め、ヘルシンキからハミナまでの約150キロをバスで旅し、作品を運んだのです。
他の壁画とは異なり、ハミナから依頼された作品を、トーベはヘルシンキの自分のアトリエでキャンバスに描いたのでした。
2つの壁画のうち、一つにはタイトルがありません。海辺を舞台に、19世紀前半のハミナが描かれています。前景には士官候補生とビーダーマイヤーの風の装いの女性、錨やロープ、砂時計、船首像など、海に関わるものが描かれています。台座に据えられた地球儀はムーミン谷の水晶玉に似ていて、荒れた海に光を投げかける灯台もあります。塔のあるハミナの町は、はるか遠くに望むことができます。
海の底の物語
海の中をテーマにした方の壁画のタイトルは、「海の底の物語」です。トーベは、なぜ正装した3人の士官候補生が海の底で人魚を見ているのかについては、何も説明しませんでした。「人魚を信じる人は、海の底にいる士官候補生だって信じるわ」とトーベは言ったといいます。
色彩やサンゴのような水中植物はトーベの想像によるもので、バルト海固有のカワカマスが描かれてはいますが、バルト海の生きものをリアルに描いたものではありません。
海の中の自然なイメージに加え、児童文学作家としてのトーベの作品を思い起こさせる、おとぎ話に出てくるような動物たちもあちこちに見られます。この海の底の絵画には、ちびのミイを思わせるような鋭いまなざしを持つ、緑色の水中生物という特徴的なキャラクターも描かれています。
トーベのユーモラスな一面を表す、人魚や空想上の生きもの
「トーベと海」展のキュレーターで、2020年にフィンランド国立博物館で開催され好評を博した「ムーミン展」のキュレーターでもあるアレクサンダー・ライヒシュタインは、この絵の中の遊び心あふれる物語性を高く評価しています。
「トーベは、自分の芸術や画家としての仕事に対して非常に真面目でした。しかし、トーベはとても楽しく、卓越したユーモアのセンスがあり、それはこの絵にもよく表れています」
1950年代の大きな歴史的記念年に大胆にもこのような作品を依頼したことは、ハミナの町の功績と言えるでしょう。ライヒシュタインは、「この絵は、こういうイベントにありがちな、もったいぶったスタイルとはかけ離れています」と指摘しています。
隠された2つのムーミン
どちらの壁画にも、小さなムーミンが描かれています。ムーミンが有名になるにつれ、ハミナの住民の中には、「自分たちの」ムーミンが最初のムーミンなのだと思う人も出てきました。もちろんこれは事実ではありません。トーベの絵画やイラストにはもう何年も前からムーミンが登場し、1952年にはすでにいくつかのムーミンの小説が出版されていたからです。
小さなムーミンは、今回の展覧会の壁画だけでなく、他の絵画作品にも描かれていますよ。この展覧会のテーマである海は、ムーミンの小説の中でも重要な意味を持っているため、ライヒシュタインは、海をテーマにしたムーミンのイラストで壁面を飾りたいと考えました。
ボートから絵画を鑑賞
市庁舎の入り口には、トーベの抽象画の巨大なプリントの前に、ボートを漕いでいる小さなムーミンパパが飾られています。2つの壁画が展示されている部屋には、ムーミンの小説『ムーミンパパ海へいく』に登場する大きな灯台も。展覧会会場のあちこちに、貝殻や鳥など、ムーミン小説に登場する要素がちりばめられているのです。
また、来場者は小さな手漕ぎボートに座りながら、壁画を鑑賞することもできます。
「これは浜辺に打ち捨てられていた、壊れたボートを修復したものです」とライヒシュタインは語ります。海岸で見つけたものを使うなんて、とてもムーミンらしいやり方ですよね!
前金が新しい絵画の資金に
トーベはこの壁画の前金を受け取っています。それは常に経済的に困窮しがちなアーティストにとってはありがたい救済でした。トーベは絵画やイラストを、歯医者代やタバコ代、寒いことで有名なアトリエを暖める燃料代として渡すこともあったのです。
トーベはこの壁画の前金の一部を、借金や未納税金の支払いに充てました。また、アトリエで描く小さな絵のキャンバス代にも使っています。さらに、トーベはそれで素敵なバッグや新しいドレスを買うこともできました。「これで、当分の間また貧乏だわ!」と、トーベは買いものの後に書いています。
「トーベ・ヤンソンと海」展では、壁画のほかにも、トーベの家族やムーミンキャラクターズのコレクションから、数十点の作品を展示しています。イラストレーションや油絵もあり、1930年代後半に描かれたヤンソンの初期の作品からは、様々な想像力を駆使した風景画、写実的な風景画などを紹介しています。また、1960年代後半に制作された、具象ではない表現に移行した作品もあります。どれも海をテーマにした作品たちです。
この展覧会は、2022年6月6日から8月13日まで、ハミナの市庁舎で開催されています。
Paintings copyright: Tove Jansson
Photo copyright: Maija Toivanen / HAM
翻訳/内山さつき