(180)海辺の町の300周年
自分の名前に添えられた絵は、どこかリトルミイを思わせる。
ハミナの町が300周年の記念としてトーベ・ヤンソンに作品を依頼したのは1952年のこと。『それからどうなるの?』が、トーベの母語スウェーデン語に加えてフィンランド語でも出版され、フィンランド語によるムーミン本が初めて出た年でもある。
ハミナといえば士官学校で有名な町。歴史のある町ではあるものの、見ものといってすぐに思いつくのは「フィンランド最大の国旗がある」くらい。トーベに依頼した際には300年の歴史や港町など、ハミナらしさを絵に盛り込んで欲しいという注文があり、トーベはあれこれ考慮して、ハミナの地上の世界と、幻想的な海底の世界の2枚の作品を制作した。
壁一面に飾る作品は横5mを超える大きさだったものの、このときはヘルシンキで制作し、トーベ自身がバスに乗って作品を届けたという。くるくるっと巻いて作品を持ってきたのだとか。
作品が完成して70年。ハミナの町ではこの夏「トーベ・ヤンソンと海」展が開催されている。ハミナが所有する2つの大きな作品に加え、トーベの時代ごとの特徴が窺える絵画作品、今回初めて展示されたムーミン関係のラフやスケッチなども展示されている。
ハミナの作品を制作するにあたって、どんな人が見ても日常をふと忘れるような世界を考えた。想像力をかきたてるような作品になれば、人々がこれをきっかけにおしゃべりできるような作品になればと願ったという。
そんな中で、なぜ海底に士官候補生がいるのかと質問する人がいたとか。トーベはそのときに説明することはしなかった。たった一つの正しいストーリーなんてなくて、ストーリーは幾つあったっていいのだ。でもトーベはこう言った。「人魚を信じる人なら、海底の士官候補生だって信じるでしょ」。
夏のハミナは、なぜかおじいさんたちが目立った。市場のカフェ、公園、セカンドハンドのお店などに集まっては、わいわい楽しそうにしている。そうか、中にはトーベがバスに乗って作品を運んだ時、この町のどこかにいた人とかいるのかもしれない。そう思うと、市場に並ぶ採れたて苺や公園のバラ、ビンテージの食器よりも、おじいさんたちが気になって仕方ないのだった。
ハミナで開催中の「トーベ・ヤンソンと海」展は8月13日まで
https://www.hamina.fi/asukkaalle/tapahtumat/tove-jansson-ja-meri-tove-jansson-och-havet-taidenayttely/
海底の世界。海底ではあるけれど、ハミナの町にちなみ士官候補生たちの姿も。人魚を眺めている。
森下圭子
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