(191)真夏のクリスマスソング【フィンランドムーミン便り】
鳥の巣箱を百万個に!というキャンペーンがあったフィンランドならでは
フィンランドの学校はすでに夏休み。すでにサマーハウスやヨットで夏を満喫している人たちも少なくない。サマーハウスから仕事に行く人もいれば、親はまだ仕事だからと祖父母と一緒に森の中や海で暮らしている子どもたちもいる。春のうちに空にしておいた鳥の巣箱を忙しく行き来する親鳥を確認したり、魚釣りのために森の石をひっくり返してミミズを探したり、小刀の使い方を教えてもらう子もいる。シャワーのないサマーハウスの暮らしでは、湖で泳げば体を洗ったことになるし、いつまでも外が明るい白夜にあっては、早く寝ろと口酸っぱく言われることもない。
フィンランドに来て迎えた最初の夏。私は友人のサマーハウスにいた。5歳になる友人の甥っ子は、お気に入りの緑の水着に同じ色のアームリングをつけて一日の大半を過ごしていた。泳ぐことが楽しくて仕方なく、でも、サマーハウスから湖までの森の中でも虫を見つけたり、石を拾ったりと忙しそうにしていた。笑い声と、何か見つけた喜びと、時に泣くことはあったものの、いつも朗らかに声を上げていた。喜びに満ちた彼の声は、勢い余って歌い出すことがあったのだけれど、それはなぜかクリスマスソングだった。
真夏にクリスマスソングを歌う様子に思わず笑ってしまったけれど、私はそれから毎年、誰かしらが真夏にクリスマスソングを歌う場面に遭遇した。大抵は子どもだったものの、大人が歌うことも珍しくはなかった。なぜこの素晴らしい夏の景色の中で冬の歌を歌ってしまうのか。私はできれば日照時間がほとんどない暗い冬のことは思い出したくなかったし、それよりも、私は夏になると冬のことが思い出せないのだった。それは私の防衛本能なのではと考えている。冬は思い出せないほうがいいと私の体と心が判断しているのではないか。
そんな私が今年、思わずクリスマスソングを口ずさんでしまった。一緒にいた友人たちに、これってどうしてだと思う?と訊けば、クリスマスのワクワクする感じと夏の気分が似ているからじゃないかなと一人が答え、私たちは妙に納得した。
湖の底に卵が落ちていたのをドキドキしながら拾い上げた。新しい鳥の名前を覚えた。今まで食べようなんて思わなかった森の新しい味を知った。これまで行ったことのなかった場所へボートを漕いだり泳いだ。それまでは、薪割りやら、保存食づくり、細々としたサマーハウスの手入れなど、生産性というか自分の作業の成果が目に見えて分かることを楽しみ、その合間に泳いだりおしゃべりをしていた。でもこの前は、まるでムーミンたちの冒険のように自然や周囲と関わっていたような気がする。ただの好奇心で進む冒険。ためになるとか、生産性はここでは問わない。
夏になるときまって『少女ソフィアの夏』を手にとっていたけれど、今年はまず『もみの木(ムーミン谷の仲間たち)』から読んでみよう。冬は冬眠するムーミン一家が、初めてクリスマスを迎える話。ムーミンパパは雪を見て、それは土から生えたのか空から落ちてきたのかなんて言っている。でも雪が実感を伴って思い出すことが難しい今の私は、ムーミンパパのそんなセリフに共感してしまっている。フィンランドの夏と冬はお互いの風景が思い出せないくらい全くの別世界になる。
ps. タンペレのムーミン美術館はオープンして6年。これを機に、制限はあるものの館内での写真撮影が可能になりました。詳細はこちらをご覧ください。
夏を夢中で楽しんでいると、なぜか口からクリスマスの歌が
森下圭子
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